でも、オーストリアの方が「ご近所さん」の存在が確かな気がします。
オーストリアはゲルマン的個人主義の国ですが、近所の方との共同作業もありますし、復活祭には近所のガキが庭をウロウロ(お菓子探し)しています。
昔ながらの行事も「ご近所さん」の維持に貢献している感じです。
介護の事で怖い目に合いました。
まだまだ、立ち直れないKino_Sanがいます。
真っ暗で狭い玄関でお母さんの下敷きになってしまったKino_San。
恐怖からか、何度もKino_Sanの顔を確かめるお母さんの手の感触がまだ残っています。
子育て支援や独居老人、認知症の徘徊(行方不明予防)で最近話題になっている「ご近所さん」、日本から居なくなったのは何時の事でしょうか?
Kino_Sanは50歳を超えたおばさんです。
子供だった時代はもう半世紀近くも前の事となってしまいました。
でも、その頃は確かに「ご近所さん」が居たのです。
学校から帰って、家に鍵がかかっていたら遊びに行く家、時には夕飯を食べさせてくれる家がありました。(しかも1軒だけではなかった)
時には近所の子供が家に居て、一緒に夕飯を食べ、その子の両親が迎えに来るまで一緒に過ごしました。
おばあちゃんだけしか住んでいない家に上がり込んでお話したり(相手は話とは思っていなかったでしょうが)、おやつを頂いたりしました。
今はそんな事があれば誘拐とか、干渉とか言われるのでしょうね。
ご近所のネットワーク、あの頃は確かにあったのです。
Kino_Sanはその昔キャリア・ウーマン(死語)で、バリバリ働いていました。
残業どころか、休日も会社に居る方が多い時もあり、「ご近所さん」との付き合いは皆無でした。
でも、両親を引取った時に思ったのです。
二人が近所で迷ったら。。。
二人の存在を「ご近所さん」が覚えてくれていたら。。。
なので、自治会には積極的に参加し、知り合いの「ご近所さん」にはしっかり挨拶しています。
同じマンションの子供達にも声掛けしてます。
両親を覚えていただく為には、Kino_Sanが「ご近所さん」を覚えていなければなりません。
失われた「ご近所さん」
失われた近所のネットワーク
少子高齢化の時代を乗り切る切り札かもしれないと痛感しています。
昨日の事故も「ご近所さん」にSOSが発信出来れば、違った解決策もあったと思います。
Kino_Sanも「ご近所さん」を取り戻そうと思います。
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